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Log7

2005/07/21(木)
ウラジミール
昨晩3時くらいまでかかった概算要求の資料を持って、待ち合わせ場所に向かった。相手はウラジミール・クルバチンスキーである。8:15に八重洲口でと言ったが、早めに行った。すぐに発見できてバスで柏に移動。概算の仕事をやりたいのだがと思いつつも部屋で話をしていたところに電話が。もう一件お仕事が増えたが、これを理由に鳴海君にバトンタッチ。てなわけで午前中は概算要求の資料を仕上げて渡辺さんに手渡した。

昨日来た科研費のファイルを開けて読むと締め切りが明日!分担者の情報を入れたファイルを探したが一部しか見つからない。とりあえず分かった分を打ち込んで、残りはあとに回した。

昼からは所員会。今日は長かった。終了は5:30を過ぎていたか。とにかく急がねば。6:30からボーリング大会である。沢井カーに乗り込んで抜け道?を急いだモノの少し遅刻であった。でも所長より早く着いたので問題なし。ゲームの方は最悪の調子で、何かいつもと違う。でも2ゲーム目の終わりの方で調子が戻ってきた。よし、3ゲーム目で挽回やと張り切っていたら、2ゲームで終了であった。もう全然あかんわ、はよ帰ろと沢井カーで所に戻った。

明日、小埜君の実験用のマグネットを再テストするために電極を付け替えなければならない。昼間の内に分解された電極棒に我々の電極を銀ロウ付けしようと工作室でうろうろしていたら。チームの今井さんが戻ってきた。なんと、オレが足を引っ張ったにもかかわらず団体3位とのこと。これなら来年は練習して優勝をねらいましょう。この知らせで少し元気になって、さらに作業が進む。絶縁を巻いて、FRPパイプを入れて絶縁を巻いて完成。マグネットに取り付けて絶縁を巻いて、あとは容器に入れるだけにしておいて終了。この時で既に2時くらいだったか。

さて、科研費の書類を仕上げなくてはと、分担者の情報を探したがやはり見つからない。もしかして古いコンピューターかと探している途中でマウスをクリックしたまま寝てしまっていたので、もはやここまでとソファーに転がった。冬場だとこうは行かないが、夏だからそのままごろ寝。


2005/07/20(水)
ええペース
そろそろQSS04のプロシーディングスをまとめようと思い、コンパイルでエラーが出るファイルを沢井君に直してくれと頼んだ。とりあえず今日は小埜君の実験用マグネットの磁場出しの日なので、午前中はケーブルの端末処理してターミナルにつなぐ所まで出来た。昼前から今日はなぜか焼き肉を食いたい気分で、沢井君の車で十余二の新しい焼き肉屋に出かけた。値段のせいか、焼き肉屋に柏西高の女子高生集団がいた。ええんかそんなんで?

戻ってきて、メールチェックしてみると渡辺さんからのメール発見!またまたまた追加資料作成や。でもまあこれは想定内。今日は実験なので夜中しか出来んが。実験棟に行く前に庶務係に寄って、濱田さんに科研費の分担者承諾書の印鑑をもらう。ついでにそろそろ特定領域の内定通知が来る頃だがと聞いてみたら、素晴らしいタイミング。濱田さんの手ににぎられたファックスこそがその内定通知であった。それじゃあこれでポスドク雇いたいんですと、次に人事係の瀬戸さん、常行さんに話を聞いて懸案の事項解決。やっとC棟に行ける。

実験を始め、順調に磁場は伸びていく。電圧を奇数で上げていく。1、3、5kVは大丈夫。そして7kVで破裂音。これはマグネットとちゃうな、電極か?と見に行くと青い電極のブロックが粉々になっていた。裸になった金属部分を見ると確かに高圧部分とアース側の距離が近い。ここから電極の変形した部分を切り取り、同軸を挟む電極を付け直し、再挑戦。7kV放電でOK。9kVで無事62T発生。さて最大の10kVで終わりやと放電したところまたまた破裂音。その場しのぎではこれが限界か。明日、新しく絶縁を直して再々挑戦する事にした。

今晩は泊まって概算要求の資料を作りたいが、明朝、ウラジミール・クルバチンスキーと東京駅で会う約束をしているので帰らねば。今晩は自宅で仕事しようと最終のバスを待っていたが、延々来ない。結局、9:00ちょうどにやって来た。こんな日に遅れて来るなよ。でも今日は充実感のあるええ日やった。


2005/07/19(火)
祝!電話開通
連休中に渡辺さんの宿題をやった。朝イチにメールで送った。すぐにレスポンスがあり、修正後本部へ。先週、阪大から送ったマグネットが届いたので庶務に取りに行き、そのまま大部屋に移動。先週の事や今週することとかを話してたら助川工務店の古萱さんがC棟の階段の手すりが付いたので見てくださいと来た。ついて行って見たが、階段はOK、問題は上に付いている柵。重いから危険やし、手すりに使ってるアルミ材があるんやったらそれでいいやん。この柵を見るたびに、「なんでアルミにせーへんかったんや」と文句言うてしまうわ、と一時間ほど粘ってようやく、アルミに交換しますと言ってもらえた。ちゃんとこっちの気持ち分かってるやん。

昼飯を食べに部屋に戻ったら渡辺さんからメール。さっきの資料はOKだが、用語説明を書きなさいとの事。食べながらだらだら書いて送った。こいつも一応OKらしいので、本日はここまでか?

昼からは小埜君のマグネットを付ける作業。形ができあがったところで4時だったのであわてて帰宅。今日はやっと電話開通するはずで、KDDIの業者が回線工事に来る予定であった。せっかくなのでとMDFの工事とかもついて回って見ていたが、それくらいならオレでも出来たのにと思うような作業であった。これのために早く帰ってきたかと思うとちょっと残念。でも、ようやく電話が開通して文化的な生活を営めるようになった。


2005/07/15(金)
阪大でのトラブル
さて、阪大でのトラブルを調べるべく伊丹に飛んだ。いつもと同じ時間に家を出て、羽田に向かえば7:30の飛行機に乗れて9:00には阪大に着いている。つまりその日の気分で柏に行っても阪大に行っても仕事が出来る等距離の位置に我が家があることになる。

伊丹空港に降り立った途端猛烈な熱気が襲ってきた。ここは南国ナポリかと思うほどである。さて実験室に着き、手前の制御室から調べていく。ロゴスキーの同軸ケーブルは完全にパンクしている。ロゴスキーをモニターするデジタルオシロの入力近辺は真っ黒&銅色に彩られている。ここに電流が流れ込んだのは間違いなさそうである。では、実験室はどうか?

先ほどの同軸のBNCコネクターが裸でマグネット架台に触れていたようで、これを通して電流が流れたようだ。当然、前は絶縁をしていたのだが。しかし、正常放電ではここに電流が流れ込む事はないはずだ。マグネットに何が起きたか?デュワーの割れ方が変である。マグネットが壊れていたならばこんなもんでは済まない。抜いてみると内管は割れていないしカーボンが付着していない。マグネットが壊れたならばカーボンが液体窒素に浮かぶはずである。ショット数も200発程度というし、どうやらマグネットが壊れたのではなさそうである。ならばどこから電流が外に逃げたか?

マグネットを窒素から引き上げて、室温に戻してみた。どうやら3層目と4層目をつなぐ接続部からSUSのフランジに飛んだようである。実際、このあと分解してみて接続部の根本が最初に飛んだかなと思われる痕跡も発見された。多分、一回のショットですべてが起きたのではなく、少なくともひとつ手前のショットでは兆候が現れていたので、それに気付けばトラブルは最小限に食い止めることが出来、マグネットも絶縁をやり直して再度利用することが出来たであろう。残念である。これではロゴスキーをモニターしている意味が無い。

急冷3号機はスタンバッているので、これを立ち上げることにした。さてやるかと気分が乗ってきたところで川内様が、阪神ー広島戦を見に行くからとお出かけになったので今日はここまで。夕方は岡大の鄭さんが来てパルス強磁場NMRの打ち合わせをしたので、時間は無駄にならず。明日は、渡辺さんの宿題をやろう。


2005/07/14(木)
一難去ってまた一難
昨日、渡辺さんに資料を送っておいたから、一応そちらは終了と言う事で。今日は朝から共同利用申請の極限部門分を集計して、石本先生にサインと判子をもらって共同利用係に提出した。これでちょっと時間ができたと思い、iBOOKにofficeをインストールしようとしたのだが、これが泥沼化してしまった。

そもそも、この前G5の調子が悪くなったとき、データだけは移しておくべしと、買ってあったiBOOKを出してきて、立ち上げながらファイアーワイヤーでG5とつなぎ情報を移したのがいけなかった。データは移せたのだが、officeが立ち上がらない。いったん立ち上がらないとなると、officeは頑固だ。ファイルを削除してもどこかに記憶が残っているのか立ち上がらない。しょうがないからOS-Xのインストールディスクを入れてインストールし直した。最初、フォーマットし直さずにやってみたが、これはダメであった。成果があがらぬまま、これだけで2時間くらいかかったか?恐るべしビルゲイツや。完全にインストールし直さんといかんなあと呆然としてるところに、松尾君から電話。充電が5kVくらいで落ちるらしい。

行って見てみると自爆ではなく、オーバータイムつまり充電に時間がかかり過ぎやと「いちゃもん」をつけて勝手に接地するのである。充電時間は十分に短いからこれはどうみてもいちゃもんである。タイマーリレーの設定が狂っているとしか考えられないので、向井さんに電話した。土曜日にいじって設定がずれた可能性があるとの事で、制御盤を開けて実際にタイマーリレーの数値を見ると20秒程度になっていた。これを90秒に変えてみると問題解決。でも、9kV放電時にダイバージョンの自爆が起きたので空気圧の設定は試行錯誤が必要か。

とにかく、磁場は出たので最初の磁化測定は65T近くまで無事できて、新たな相転移も発見され、縁起良しであった。ノイズの問題やケーブルの取り回しなど問題はまだあるが、スタートは上々である。

ポンピングをするのに時間がかかりそうなので自室にもどると扉に貼られた渡辺さんのメモがあった。それをはがして事務室に行くとにっこり笑って次の宿題をくれました。明日は阪大のトラブルを見に行きたいので、締め切りは?と聞くと週明けで良いとの事。ありがたい、明日は阪大でトラブルシュートだ。


2005/07/13(水)
有朋自遠方來
アイデアが枯渇しているオレ、それでも渡辺さんの宿題を提出する日だ。朝から粘って、長田さんにも手伝ってもらいつつ国際共同研究のデータを集めていたら、渡辺さんが日英協力のデータを見つけてきてくれた。とりあえず、これで国際共同はまかせてしまい、ユーザーの流れについての資料作りに専念。もういいや、これでまとめようと観念したのが昼過ぎで、飯に行こかの誘いを二回断ってラストスパートをかけてたら、小林達生氏が現れた。まいど。

シングルターンで酸素の磁化測定をしに来たんは知ってたけど、今はちょっと見に行かれへん、後で行くわ。で、ようやく説明用の図を作って渡辺さんに送った。さあ、昼飯や。飯を食べながら原研の仕事をいくつかやっつけて、後期の共同利用の部門内の調整をしていたら、阪大でトラブル発生の連絡あり。金曜日に行って原因解明をしなければいかんみたいだ。共同利用の調整もトラブル発生だったが阪大のトラブルに比べればちょろいちょろい。

まあいろいろと片づいてない事も多いけど、せっかくやからシングルターンを見に行った。測定自体はうまく行ってないけど実験とはそんなもの。それよりも、達ちゃんと話をするのが目的。特に、何かを話したい事もないが、会って話をすればそれで良いかという感じ。せっかくやから晩飯を一緒に食いに行き、せっかくやからと食い過ぎた。苦しい。部屋に戻ったら渡辺さんが修正版を送ってくれていたので、ちょこっと追加修正して送り返した。まだ、帰れる時間や、さあ帰ろう。


2005/07/12(火)
資料作成大変困難多数来客
あかんでー、全然宿題ができてへん。それでもなー国際共同研究いうたら嶽山さんが来いひんかったら資料がないし、コラボの説明を上手いことできるアイデアも出てこない。あーどうしたものかなあと頭を抱えていたら嶽山さんからのメールが来た。「体調が悪いから、今日は休むかも。台湾からのお客さんをよろしく。」なぬーっ!そんな事したら予定が狂いまくりやん。そうか、今日やったか台湾の人。バス停までのお迎えや見学のスケジュール調整を池田さんに頼み、c棟に向かった。10時から長田さん、大道さんと打ち合わせの予定であった。

c棟での打ち合わせから帰ってきてメールを打っていたら、池田さんが台湾のお客さんを連れて来てくれた。いろいろと話をしている内に柏ロッジの手続きができて荷物を部屋に入れてくる?戻ってきてからお昼ご飯に行きましょうと宿舎に送って行ってもらった。さて、この間にメールを仕上げねばとがんばっていたら嶽山さんから携帯にかかってきて「復活したからこちらに向かっている。もうすぐ着くから昼飯は自分が連れて行く。」とのこと。大丈夫か?と思いながらもとりあえず良かった。

さてこれでメールが打てる。なんとか皆にメールを送り、1時からは研究室見学に金沢大の学生が来るので、昼飯を生協に買いに走って、ガツガツ食った。で、予定通り話をして、学生部屋に連れて行って、実験室に連れて行って、あとは菅君に預けた。その時実験棟にいた台湾の人たちと話をしようと思ったのだが、嶽山さんが資料作成の話をしに事務室へ行こうかとやる気になってくれてたので、そのままA棟に戻ってきた。あとは帰宅時間まで粘ってはいたのだがなかなか前進しない。強磁場ユーザーの規模を書かないといかんので、金研の小山さんに電話して送ってもらった。送ってもらったファイルを持って帰るか。


2005/07/11(月)
どうでもエエ話
さて月曜日である。もともとは阪大でコイルの作業をしようと思っていたのだが、先週の流れで小埜君の実験のために70T測定用マグネットをクライオにつけるのだろうと思い、柏に戻ることにした。

伊丹から羽田への飛行機はいくつも飛んでいるが、羽田から柏へのバスに合わせると便は限られる。朝イチのバスに乗るなら朝イチの飛行機であるが、次のバスになると飛行機は4便目がちょうどになる。朝イチの便は747機いわゆるジャンボジェットで次が777機である。何回か乗ると違いが分かるが、オレは断然777である。もっと言えば、777-300である。なぜなら、まずシートが良い。もっと重要なことは気圧差が小さい。ジャンボに乗ると耳が痛くなるのだが、777であれば大丈夫。そんなわけで、同じ機種に乗る事が多く、いつもどの辺に座るかを決めている。ジャンボはジャンボで良い席があるのだが、今日はいつもの777のいつものシートに座っていた。

早めに機内に入り、シートに座ってあとから入ってくる客を眺めていると、向こうから歩いてくるおにいちゃん、ハンサムな犬顔をしている。えらい男前やなあと思いながらもどこかで見たような気がする・・・あっ、玉田やん。おっ、その向こうは明神や!そういえば、昨晩は万博公園でガンバ大阪との試合をやってたなあ。そうか試合負けたから普通席なんや、可哀想に。でも、若い選手は少年ジャンプを脇に抱えてうれしそうに乗ってたし、そんなんやから負けたんとちゃう?で、羽田について、柏に帰るんやったら、もしかして同じバスか?そんな事になったら、やっぱりサインもらいに行かなあかんやろうし、サインなんかもろたらファンになってしまうかも知れんなあとか考えていたら、やっぱりオレと同じ方向に歩いてる。これはもう観念して、と思ったら、みんな道路を渡って、向こうに待っているバスに歩いていった。あー、やっぱりね。

そんなわけで、バスの中は何事もなかったように平和で、オレはデイリースポーツに専念できた。スポーツ新聞を買うのは基本的に阪神が勝った翌朝であるが、必ずしも買うとは限らない。なぜなら、勝った勝ったと浮かれて新聞を買ってしまうと、それによって負けてしまうという恐怖があるからである。従って、試合のない日は安心して新聞が読めるのである。

ほぼ予定通りに部屋に着いたら、金曜日に引き取られたディスプレイが部屋の中央に居座っていた。あれ、もう帰って来たんかいな、何もせんと帰って来たんとちゃうやろな。と思いながら机を見ると修理記録も届いていた。どうやらACアダプターが交換されたらしい。確認しとかないかんので早速つないで見たら、美しい画面が戻ってきた。良かった良かったと引き続き、メールを開けるとそこには事務の渡辺さんからのメールがあった。概算要求の説明資料を作るようにとの指令であった。締め切りは水曜の午前中だ。その他にも処理すべきメールを片づけて資料の事を考えたがアイデアが出ない。こんな時はソフトボール。アイデアは出なかったが今日はいっぱい汗が出た。気持ちよかったから良しにしとこ。


2005/07/08(金)
250kJテスト良好
昨日に引き続き、バンクの設置工事である。午前中はオレの出番が無いと聞き、締め切りのワープロを仕上げる事に。途中、庶務係の野村さんから宅急便が届いたとの電話があり、取りに行った。すると濱田さんが近づいて来て、昨日の電話の件はすみませんと言う。というのも、昨日の昼頃、池田さんが昼食で不在中にオレが取った電話が、名乗らずに「じゃあ良いです」と切られたので、帰ってきた池田さんに「電話があった。多分、濱田さん。」と伝えた一件があったからだ。そんなことで謝られてもこっちが恐縮やで思いつつも、やはり電話では名乗ってもらった方がエエかもね。実際、野村さんと濱田さんの声は似てたし。とりあえずワープロは終了し、ちょうどお昼頃にマックのディスプレイを引き取りに福山通運が来た。昼飯は適当に済ませて、バンクのテストをしにc棟に向かった。

向井さんに電源の操作方法等を一通り聞き、テストを始めた。充電電圧を1kVから上げていき、磁場ピックアップコイルとロゴスキーをモニターする。予想よりも磁場が出過ぎている。というか、発熱が少ないようで充電電圧を上げても磁場ののびが鈍らないのだ。結局、10kV(最大電圧)を充電すると70Tを超えてしまうので、この中古のマグネットでは止めとこうとなり、9kVの65Tで終了した。引き続き、磁化測定モードでのチェックも行った。こちらは、バランス回路が不調であまりダイナミックレンジを上げることが出来なかったが、一応、普通の手順を繰り返しても電源側に問題は起こらず、磁化過程も60Tまで取れたので無事終了と言うこととなった。

今回、設置に来て頂いた向井さん、西村さんをはじめ、先日定年でおやめになった横山さんには設計でお世話になり、ありがとうございました。また工場では中村さんに面倒を見て頂いたらしいと聞いて安心しました。オレの中では「信さん、最高」ですから。世界一にはまだサブバンクの切り替えが必要ですが、当面はこれで戦うことが出来ます。ありがとうございました。


2005/07/07(木)
250kJ到着
ついにコンデンサー電源到着の日である。エネルギーは250kJしかないが、オレにとっては大変楽しみな電源である。これを使って何をするか、何ができるかは、近いうちに明らかになると思う。とりあえず、これでまた一歩世界一に近づいた。

で、朝から搬入が始まった。ずっと見ているとどうも手際が良くない。これまでも数々の大型電源の納入に付き合っているからプロの仕事を知っているが、今日の動きは大違い。こいつはとてもプロではない。昨日、搬入業者のおっちゃん達と思ったのはどうやら勘違いで、電気ケーブルの配線をするおっちゃんが、サービスで搬入もやっていたようだ。オレに対してはサービスとなっていないが。

今日もいろいろと重なった。ぴくりとも動かなかった巻線機のバッテリーとプログラムを持ってきて再起動してもらえる日でもあった。何年か前に使ったときのイメージを呼び起こしながら、ここがおかしいとかこれは要らんとか言って手直しをしてもらい、ほぼ希望通りの動きができるようになった。これでいよいよコイルを巻ける。またまた一歩世界一に近づいた。

この時点でもう正午をまわっていた。1時30分からは共同利用の打ち合わせなので、昼飯はカフェテリアで済ました。久しぶりに食べたのだが、あまり懐かしい気がしないのは残念だ。打合せでは、とりあえず65Tまでの測定から始めようという事になり、早速新しい電源のチェックができそうでうれしい。

打ち合わせが終了し、電源もまだ設置に時間がかかっていたので、ワープロ仕事をいくつかこなす。夕方、向井さんに今日中の通電の可能性を聞いたら、それは無いとのこと。楽しみは明日に持ち越し。


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Special Thanks to: ソザイヤPOMO

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